狛江に住んだのも何かのご縁。パワフルな狛江の女達が、みんなで狛江暮らしを楽しんでいます!

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 こぼれ話 (こまめ的ステキ)

こまめの先輩、歴史の中の女性達

万葉碑の乙女

狛江駅前の噴水横にある乙女の像は、玉川碑に詠われた狛江の女性が、モデルだそうです。現在、中和泉4丁目にある玉川碑には、万葉集の一首(巻14)が刻まれています。(玉川碑の解説)
「たまがわに さらすてづくり さらさらに なにぞこのこの ここだかなしき」が、輸入されたばかりの漢字だけで書かれています。ひらがなもカタカナもなかった?!、時代の古さを実感します。
「多摩川にさらす手づくりの布のように、さらにさらになぜこの子がこんなにかわいいのでしょう」という恋歌ですが、1300年の昔の多摩川で、若い娘さんが膝までつかりながら、一生懸命布を晒している姿が目に浮かびます。
男性ならずとも、若い娘たちの働きぶりには、みな愛しさを感ぜずにはいられませんね。
む?昔の男性が羨ましいって?

真刀自ひめ(まとじひめ)

続日本書紀によると、承和11年(844年)武蔵の国の多摩群狛江郷に真刀自ひめ(まとじひめ)という女性がいたそうです。
長年つれそった夫の死を嘆き悲しんで、墓のそばに庵を結び亡き夫に仕えたのだそうです。
そのことがやがて朝廷の耳に入り、人々の手本になる美しい行いだと賞され、位二位を授けられ税も一生免ぜられたとか。

真刀自女という名の二基の古墳が、古墳の実測調査記録に残っている様子から、この1200年前の微笑ましい話はついこの前まで狛江に語りつがれていたようです。
2002年に発足したコマレンジャーのコマピンクは、「まとじひめ」の子孫という設定で、子どもたちに昔を伝えています。

狛江に忍びの里があった!

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コマピンクがまとじひめの子孫なら、コマイエローは小足立忍者の末裔の設定。

江戸時代、諸藩の動きを監視するために幕府は忍者を放ちました。
当時の狛江では小足立村が伊賀忍者の知行地で、忍者道場があったそうです。

きっと、森の中で手裏剣の練習をしたり、野川や多摩川では竹筒を加えて水の中に潜ったりして、訓練したのでしょう。
想像しただけで、ワクワクしてきませんか?


解説

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玉川碑(万葉碑)の由来
玉川碑は文化二年(1829年)に猪方村半縄の堤防のほとりに水神社とともに建てられていましたが、文政十二年(1829年)の大洪水で流失してしまいました。
揮毫は白河楽翁(松平定信)でしたが、大正時代の楽翁の研究者が玉川碑の拓本を入手したことから、再建の動きがおこりました。
旧碑を求めて数回にわたり発掘を試みましたが結局発見できず、新碑建立に向け渋沢栄一を建碑事業の中心に据え、財界に支援を呼びかけをおこない、ついに大正13年4月13日に除幕式が行われました。
現在、万葉碑として東京都指定旧跡となっています。


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